「resistance」 
- 2009/05/17(Sun) -
                                     (神戸新聞文芸児童文学部門 入選 2002年)    

   ゆんは ふくれてじいちゃんを にらんだ。

   じいちゃんは ベッドの上でそっぽを向き のど元の人工呼吸器の管をにぎる。

   呼吸器は シュウ・ストーン シュウ・ストーンと 正確にリズムを刻む。

   それに合わせて じいちゃんの胸が上下している。肩には点滴の管 鼻には薬注入の管。

   じいちゃんは 入院して三ヶ月 なにをかくそう 管引っこ抜きの常習犯なのだ。

   
   ゆんは この四月に中学生になったばかり。学校帰りに毎日 病院に寄る。

   さっき看護婦が 今日は二度管を抜いた と 教えてくれた。

   ため息つきながら病室のドアを開けたら じいちゃんがのど元の管をにぎっていた。

   「また抜く気なの?」 と 手を管からはずそうとしたら 邪険に払われた。

   「だめだったら」 と もう一度手を伸ばしたら その手をパチンっと叩かれた。

   
   それで ゆんはふくれているのだ。

   じいちゃんはのどを切開して管を入れているので 声が出ない。

   ゆんは カバンからノートとペンを取り出す。

   ”どうして管を抜くの!?” と 大きく書いて じいちゃんにノートをおしつけた。

   じいちゃんが 返事を書く。 ”resistance"

   じいちゃんは 元中学校英語教師。 なにかと ゆんに 英語で挑戦する。

   どうだわかるか という目で ゆんをジロリと見上げた。
   
   「ふんっ これくらいわかるわよ。 あたし 帰るっ」

   実はわからない。 腹が立つ。 ドアを乱暴に閉めて ローカに出る。

   バンッという音に 詰め所の看護婦が顔をのぞかせる。 ゆんをみとめて ニッと笑った。

   ゆんは 首をすくめて舌をだした。 またやっちゃった。 毎回 これだ。

   がんこじじいと その血を受け継いでいるゆん。 

   けんかしては ゆんが大声出したり じいちゃんがナースコールを連打したり・・・。
   
   ゆんは 「病棟名物 ジジ孫げんか」 と おどけてみせ 三階分の階段を一気に駆け下りた。

   病院から外へ出ると 風が冷たく感じる。

   ゆんは まだ体になじんでいない制服のえりもとを 合わせた。

   風に背を押されるまま 近くの神社へ行く。 

   境内に ゆんとじいちゃんが ”トトロの木”と名づけた大木がある。

   大木には 大きなうろが開いている。 ゆんは 木に腕を回し おでこをつけた。

   「早く 人工呼吸器が はずせますように」

   それから あたりを見回し 誰もいないことを確かめ うろの中へ入った。

   ひざを抱え 丸くなる。 だいぶ狭くなったけれど 居心地のよい ゆんの隠れ家。

   ほの暗く しめった木の匂い。 目を閉じると 静かな木の呼吸がゆんを包んだ。

   ゆんは 怖かった。 じいちゃんは なぜ管を抜く? 死にたいから?

   起き上がることも 食べることもできず 痛くて苦しい三ヶ月。

   なのに もっとがんばれって言うゆんは ひどい? ゆんは じいちゃんを苦しめている?

                              
 
    どのくらいたったか 大きく息を吐き出し 目を開けた。 ほおをぬぐう。

   カバンから英和辞典を 引っぱり出す。

   ”resistance 抵抗・反抗”  

   抵抗? 何に? 

   最初に管を引き抜いたのは・・・

   呼吸器を嫌がるじいちゃんをおとなしくさせようと 眠り薬を投薬した後。

   もうろうとしながら管を引き抜き ガッツポーズをしてみせたっけ。

   その次は じいちゃんに何の説明もなく 呼吸器の設定を変えた時。

   それから・・・。 

   ゆんの中で ゆっくり ほどけるものがある。

   治療といいながら じいちゃんの意志は何度も無視されてきた。

   声を失ったじいちゃんは 管を抜くことで 抗議してたんだ。

   命がけの resistance めちゃくちゃだけど なんて じいちゃんらしい。

   管を にぎる じいちゃん。 

   にぎっているのは じいちゃん自身の生死の権利。 これはオレの命だ と。

 
   ゆんは うろから出ると もう一度木に抱きついた。 そして 病院へと歩き出した。

   病室のドアを開け 「ハーイ」 と 右手をあげる。 

   じいちゃんも片手をあげ あいさつをかえす。

   ベッドが 四十度ほどの角度で起こしてある。

   じいちゃんは ベッドに背をもたせかけ 座っている。

   ゆんは 三歩で歩み寄ると 何本かの管ごと じいちゃんを抱きしめた。

   押さえつけられた管がはずれ ピーピーッと 警告音が鳴り響いた。

   ゆんの心臓は はねあがったけれど 慣れっこの看護婦は笑顔であらわれ

   あわてずさわがず 管を消毒して再挿入した。

   「今日はこれで三度目ね」 という看護婦の言葉に

   じいちゃんが ニヤリと ゆんを見た。




                                             おわり

                                        そして 夏の空 へ
     

  

                          


    
   

 



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