神戸新聞文芸児童文学年間賞作 2
- 2008/03/25(Tue) -

  「猫の夜」

  それは 冬の満月夜。部屋でヌクヌクと眠るぼくの頭を 冷たい風がなでた。
  
  おでこに ひんやりとしたものが触れる。何? ぼくは いやいや目を開けた。

  そこに 緑に輝く二つの目 月色に光るひげ―チビがいた。チビはのら猫 ぼくの友達。
 
  窓が開いて 身震いするような月光が部屋を満たしている。

  「チビが 窓開けたの?」と、ぼくは寝ぼけまなこ。

  チビはフンッと鼻を鳴らした。

  「その呼び名は おれにふさわしくない」

  「すごいっ チビ 話せるの?」

  チビはフフンとまた鼻を鳴らし ひげをふる。ひげ先から光のしずくがこぼれ落ちる。
 
  「今夜は満月の力がひげに流れ込む。怖いものなしさ。早く行こうぜ」

   と 氷のように冷たい前足で ぼくのおでこをヒタヒタ叩いた。

  「行くって どこへ?」
  
  「約束を果たしにさ」

  チビは窓わくに飛び上がると 長く黒い尻尾をしならせた。

  「特別に 尻尾につかまらせてやるよ」

  約束? ぼくは半分寝ぼけたまま布団から這い出し チビの尻尾をにぎった。

  次の瞬間 チビは窓から夜空へ 飛び出した。


  凍る冬空 こうこうと冴える満月。 ひげをピカピカ光らせ 猫が夜空を翔ける。
  
  その尻尾にぶらさがる パジャマ姿のぼく。 寒いっ。

  チビは ぼくの通う小学校の裏庭に着地した。

  そこは 校舎裏 楠木の下 ぼくの涙場。 チビと初めて会った場所だ。

  あの日 ぼくは木の根元に 緑目の子猫はずっと上の枝にいた。
 
  「そこ 気持ちよさそうだね 登り方教えてよ 給食のおかずあげるから」

  ぼくは そう言った。

  子猫は 知らんぷりして 耳の後をかいていたっけ。


  木登りのことなんて 忘れてた。

  毎日 給食のおかずをあげたのは 子猫を大好きになったから。
 
  チビが 木を見上げて言った。

  「コツは とっかかりさ。 

  初めのとっかかり 次のとっかかり そうやって 道をつくる。」

  チビと並んで 木を見上げた。

  「ぼくには無理だよ。」

  「そういう言い訳は じゃま。 砂をかけて埋めちまえ。
 
  とっかかりのひとつも みつけられないわけ?」

  と チビが鼻にしわを寄せる。

  ムッとしたぼくは 幹のこぶに足をのせ枝をつかみ 体を持ちあげた。

  「フン もひとつくらい みつけられるだろ? 

  ほら次のとっかかりも簡単 おまけにもうひとつ。なんてことないだろ?」 

  
  チビが言うほど 簡単じゃなかった。 けれど ぼくは登った。

  木の上から眺める学校は いつもとまるで違った。

  気に入らないあだ名 乱暴なクラスメイト 苦手なおかず・・・

  そんなものが小さくなり どうでもよくなった。

  体も心も ぽかぽかした。

  登る時につくった手足のすり傷さえ 気持ちいい。

  となりの枝では チビが身づくろい。

  ぼくが落下しそうになるたび えり首をくわえてくれたんだ。

  チビは大きく のびをすると

  「じゃあな 月が消える前に旅立つよ」

  「え? どうして? どこへ?」

  「おれにふさわしい名を 探すんだ。 この町は旅の途中さ」

  「名前なら ぼくが考えてあげる」

  「おれが おれでいるための名だ。 おれにしか みつけられない。」

  チビはきちんと座ると 緑の目で 僕の目をのぞいた。

  「おまえは 何を求めて 明日を迎える?」

  ぼくは 答えられなかった。 かわりに こう言った。

  「チビがいなくなると さみしい」

  「別れは 再会の約束さ。 

   いつか おれは尻尾をピンと立てて おまえに会いに来る。
 
   おまえに おれの名を告げる。
 
   おまえは その名をかみしめ うなずくんだ。 ああ わくわくするぜ」

  ぼくは 涙をこらえた。チビが顔をつき出し

  「おれのひげ 一本やるよ」

  「抜いていいの? 痛くない? 」

  「なんてことないさ」

  できるだけ そっと抜いたけれど 痛そうだった。 チビは 顔を洗って ごまかした。

  「猫のひげには 勇気がつまってるんだぜ」

  そう言うと チビは再び 夜空へと跳躍した。


  あいつは 旅に出た。 ぼくは この町で明日を迎える。
  
  いつか ぼくは胸を張って あいつと再会する。
  
  そのためには 試練も乗り越えよう。
  
  そう 例えば 今 目の前の試練。
  
  ぼくは 木の上。
  
  一人で 降りなくてはならない。
  
  すり傷だらけの手のひらで あいつの勇気が一本 光を放っている。

                                                  完


                                2002   神戸新聞文芸児童文学年間賞
                                       

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