神戸新聞文芸児童文学年間賞受賞作 1 (2000年)
- 2008/03/25(Tue) -
   「ガシャ・ポン」


 手の中に 百円玉二枚。 もらったばかりの今月分のおこずかい。  二年生だから二百円。

 使い道はもう決まっている。  ぼくは 百円玉二枚をにぎりしめ 橋まで走った。

 橋から カミ山が見える。 橋の下を流れるのは カクシ川。

 今朝 橋のたもとに ガシャポンをみつけた。

 ふつう ガシャポンは スーパーやおもちゃ屋の前に 目立つように並んでいる。

 人気キャラクターの絵が貼ってあって ゴム人形やキーホルダーの入ったカプセルがつまっている。

 ところが 橋のガシャポンは たもとに隠れるようにひっそり ぽつんと立っていた。

 何の絵も 字もない。 グリーンの半透明なカプセルが 数個入っているだけ。

 ぼくは 百円玉を一枚 コイン投入口へ入れた。 コトン。

 ハンドルを回すと ガシャッと手ごたえがあって ポン とカプセルが転がり出てきた。

 どういう仕掛けだろう カプセルの中で水がうずまいている。

 カプセルに小さく文字が刻まれている。 <カッパ> だって。 カッパのゴム人形? 

 本物のカッパだったりして。

 カプセルを開ける時はいつだって わくわくする。 ぼくは 指先に力をいれ カプセルを開けた。
     
 バッシャーン。  ぼくは 水のうずに 飲み込まれた。

 水の中で ぐるぐる回されて 上も下も わからない。
 
 もみくちゃにされて 流される。 どこかで 笑い声がした。

 ぼくは笑い声のほうへと 必死で 手足をばたつかせた。

 やっとの思いで 水面から顔を出した。 ぼくは 川の中にいた。 足が 川底についた。

 川の両側からせりだす樹々の枝が 川に緑の影を落としている。
     
 そして ほくの目の前で

  「ケカッ ケカッ カッパの川流れ ケカッ」

 と 笑っていたのは・・・。

 全身緑色の・・・頭の真ん中にある泉はほうれん草色 目の色もほうれん草
         
 水かきのある手とポコリと突き出したお腹はねりわさび色 
      
 逆おうぎ形につきでた口元はきゅうり色・・・・の おやじガッパが いた。

 おやじガッパのうしろから そら豆色のひとみが のぞいた。 子ガッパだ。
 
 その子の泉はそら豆色 泉をとりまくうぶ毛は まるで春きゃべつの千切り 
       
 肌は 皮をむいたマスカットの実みたいに キラキラしている。

 ちょんと とがった口元が すごくキュートだ。

 おやじガッパが ぼくに 聞いた。

  「おまえ どっから 流れてきたんや?」

 えーっと どこだっけ?

  「おまえ 名前は?」

 うーんと なんだっけ?

 首をかしげ 腕組みしたぼくの腕はきゅうり色 指には水かき。
                    
 澄んだ川の中で 水かきのついたぼくの足が もぞもぞしている。

 なーんだ ぼくも カッパだったんだ。
   
  「あたしが 名前 つけてあげる」

 子ガッパが そら豆色のひとみをクルンと回して言った。

  「『雨あがり』や。 あんたの泉の色 雨あがりのお山と おんなじ色」

 ぼくは頭の上に手をのばした。 指先に泉が触れる。

  「ぼくの目の色 どんな?」

 子ガッパは  クコッ クコッ と笑って言った。

  「泉と目玉は つながってるやん」

 雨あがり色の 泉とひとみ。 うれしくなった。

  「あたしは 『若葉』。 父ちゃんは 『山ふところ』や」

 若葉や山ふところと いい仲間になれそうで ますます うれしくなった。

 ぼくは 水かきのついた手で バチャバチャと 川面を叩いた。

 若葉と山ふところも バチャバチャと ぼくの喜びに答えてくれた。
 
 ぼくは 若葉 山ふところとともに 川で暮らしはじめた。

 川には サワガニやヤマメ イワナがいた。 川辺には キツネやたぬきがやって来た。 

 川下から 人間が来ることも あった。

   「神山の 山ふところよーぉ 若葉よー うちの子がやけどしたんやぁ」

 そんな声が 川下からのぼってくると

 山ふところと若葉は 川辺の樹や草から何枚かの葉を千切り 束ねて 流した。

 山ふところが 山を震わせ叫ぶ。

   「カッパの薬 やけどにも 傷にも しもやけにも 効くぞーお。 すりつぶして ぬれぇ」

 少しして ほっとした人の声が 聞こえた。

   「おおきによー。 きゅうりとお酒 供えとくよって 食べてよー 飲んでよー」
         
 人の子らが 川づたいに登って来ることもあった。

   「山ふところー 若葉ー きゅうりとイワナ 交換しようやぁ」

 若葉と山ふところが川にもぐった と思ったら もう両手にイワナをつかんでいる。

 ぼくも あわてて イワナを追いかける。 捕り方は 若葉に 教わった。
        
 きゅうりをパリリとかみながら 山ふところが 

   「ついでに すもうとってけ」

 子らを さそった。

   「そうや すもう すもう」 と 若葉が声をあげる。

 すもう と聞いて ぼくの体がムズムズとする。

   「とってもええけど 仏さんに供えためし 食うてからや」と 人の子。

   「そんなん 食わんでも すもうはとれる」 と 山ふところ。

   「あかん あかん 尻っこぬかれたない」

   「きゅうり うまいさか 尻は抜かん」 と若葉。

   「ほんでも 負けんのもくやしいさか やっぱり食うてくる。 土俵で待っといてや。」

  と 人の子らはイワナを抱えて 走っていった。

  少し川下の中洲土俵で(りっぱな土俵なんだ!) ぼくらはすもうをとった。

  山ふところは ダントツに強く ぼくは どんじりだった。 

  人の子らも 中々やるもんだ。
      
  すもうを終え 人の子らも帰り ぼくら三匹は 川面に手足を伸ばし 浮かんだ。

  木漏れ日が 心地よい。 山ふところが あくびまじりに 言った。

   「澄んだ水 樹の匂い うまいきゅうりに すもう仲間。 カッパ天国や」

   ほんと ぼくは 世界一 幸せなカッパだ。

   そんなふうに 夏を過ごした。

   秋が来た。 
           
   ある朝 若葉が言った。

    「今夜 満月やし 川のはじまりまで 行かへん?」

    「うん 行ってみたい」

   川のはじまりへ行くには小さな滝を二つほど登る と 若葉が言う。

    「満月あびて滝登りした二匹は ずうっと仲良しでいられるんやって」

   早口で言い添えると 小さな水しぶきをあげ 泳いでいってしまった。

   ぼくは ぽおっと 若葉の残した波紋に みとれた。 と そのとき 山ガラスが川を横切った。 

   くちばしに きらりと銀色に輝くものをくわえている。

   月の光に似ている。 月夜にぴったりのおくりもの。 若葉にあげたい。

   カラスは 山中へと もどっていく。  ぼくは カッパだ。 水から離れるのが 怖い。 

   長時間 水から離れると とんでもないことが起きる と 山ふところから 聞いたことがある。

   カラスが遠ざかる。 いそげば大丈夫。 走って行って 走って帰ってこよう。
    
   ぼくは 陸に上がった。  

   ぼくは 土の上を走り出した。

   カッパの体は 走るには 向いていない。 すぐ 息苦しくなった。

   カラスは 木の上の巣に光るものを置いて また 飛び立って行った。

   カッパは 木登りにも 向いていない。

   水中で あれほど自由に動けることがうそみたいに 体が重い。

   力をふりしぼり カラスの巣にたどりついた。
   
   巣の中に 小さな月が眠っていた。

   手のひらにのせると目を覚まし きらんと 光った。

   小さな月には 花の絵が浮き出ている。

   裏を返すと 100 という模様。 

   これ なんだろう どこかで見たことのあるような。 この意味を知っていたような・・・。

   ぼくは おかしな気分になって 木の枝にしがみついたまま 手のひらの月をみつめていた。
       
   キーン。 耳鳴りがした。  しまった 泉が乾いた。  頭が 痛い。

   ぼくは 月をにぎりしめ 木をすべり降りようとした。

   にぎりしめた手の水かきに痛みが走る。 水かきが割れた。

   木の皮にこすれる手足の水かきも ひび割れ ぼろぼろと落ちる。

   パリンッ。

   泉の割れる音が 頭の中に響いた。 目の前が真っ暗になった。

   木から体が離れ 落ちて行く。  ぼくは 小さな月を強くにぎった。

   若葉に・・・あげる・・・ん・・・だ・・・。



   痛ってぇ。  しりもちをついた。 目を開けると 橋の上だった。

    「ケンタ あぶないやろ!」

   同級生が 脇を自転車で走り抜けて行った。

   ぼくは のろのろと 立ち上がる。 こんなところで 何をやっていたんだろう。

   同級生が呼んだとおり ぼくの名は ケンタ。 けれど・・・胸の奥がざわめく。

   なにか もうひとつ とてもきれいで 大切な名前を持っていたような。

   右手をにぎりしめていることに 気がついた。 開けば 百円玉。

   思いだした。 ガシャポンをしに来たんだった。 

   あれ? 二百円持っていたはずなのに 落としたんだろうか。

   ぼくは 橋の上に目を走らせる。 らんかんから 川をのぞいた。

   川はにごっていて 百円玉が落ちていたってわかりゃしない。

   にごった川をみたら 胸がキュンとした。 どうしてだろう 泣きたくなった。

   目をあげたら カミ山が見えた。 ふいに 雨上がりの山が見たい と 思った。

     
   百円玉を探すのは あきらめた。

   残った百円玉を たもとのかげのガシャポンに 入れた。

   ハンドルを回す。 ガシャッ。 カプセルがポンと 出た。 半透明のグリーンのカプセル。

   ぼくは カプセルを持つ指に 力を入れた。

   わずかに開いたカプセルのすきまから みどりの風が吹きつけた時

   カプセルの小さな文字に気がついた。

    <てんぐ>

   次の瞬間 木の葉まじりの竜巻が ぼくを 空高く 舞い上げた。



                                               完

                            2000年  神戸新聞文芸児童文学年間賞受賞作  



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